
こんにちは、たま企画室です。
今日は、前回のブログ「久しぶりに開催された石造美術ツアー|滋賀県で巡る石塔の魅力」でご紹介した石造美術ツアーの中から、少し印象に残っている一場面をお話ししようと思います。
実は私、1日目の懇親会の席で、五輪塔についてほんの少しだけお話しさせていただきました。
理由は何点かありまして、まず、せっかく参加していただきましたので、少しでも学びの場であってほしかったこと。
そして、我が師・小畠宏允氏の意思を、少しでもお伝えしたかったこと。
最後に、ネット上で広まっている五輪塔の説明について、私なりに感じている点を、少し整理してお伝えしたかったことです。
30分という限られた時間でしたので、当日は少し早口で、ほぼノンストップでのお話になりました。
まず冒頭では、次のようなお話をしました。
「今日は五輪塔のお話をさせていただきますが、その内容は、小畠宏允氏が著書『日本人のお墓』の中で、五輪塔と密教について詳しく書かれている章をもとにしています。その章の終わりに小畠氏は、次のように書き添えています。」
《聞きなれない言葉がたくさん出てきて、理解しにくいかもしれませんが、これが『五輪塔』を正しく理解するための最低限の知識です。これ以上のことは、専門家でない限り、あまり必要ではありません》
この一文は、裏を返せば、お墓づくりを生業とする者であれば、少なくとも五輪塔の仏塔思想については、「最低限の知識」として向き合う必要がある、という意味でもあるのではないかと、私は受け取っています。
今回の懇親会では、その中の一部分である「五大」と「識大」について、『日本人のお墓』を踏まえながら、あくまで私なりの理解と主観の範囲で、お話しさせていただきました。
ただ、この答えを見出すまでに、かなりの時間を要することになりました。私が疑問を抱いた頃には、小畠氏はすでに他界されており、確かな拠り所のないまま、数年にわたって答えを探し続けることになりました。





ここでは、ブログという場に合わせ、「五大」と「識大」についての詳しい説明は、あえて省かせていただきます。
30分という短い時間でしたので、お話しできたのは、ごく一部に過ぎません。
それでも、五輪塔を単なる「形」や「意味」としてではなく、私たちがどう向き合っているのか、という視点で見直していただくきっかけには、なったのではないかと思っています。
五輪塔は、何を表しているのか。そして、なぜ供養の対象として受け取られてきたのか。
その答えは一つではなく、向き合う人それぞれの中で、立ち上がってくるものなのかもしれません。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
質問やご意見がございましたら、お気軽にコメントやお問い合わせください。
今後とも、たま企画室をどうぞよろしくお願いいたします。
※小畠宏允監修・編著『日本人のお墓』(日本石材産業協会発行)は、2020年より『お墓の教科書 改訂2020年版』として発行されています。
